愛媛県松山市にあるエリエールゴルフクラブ松山で開催された「大王製紙エリエールレディスオープン」。山下美夢有プロが、トーナメント記録となる通算22アンダーで今季2勝目を挙げ、ツアー通算13勝となりました。既に、竹田麗央プロの年間女王が確定しているとはいえ、さすが2年連続年間女王となった山下プロ。初日に立った首位の座を譲らず、完全優勝を果たしました。
残る大会はあとひとつ。とはいえ、最終戦の「JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」に出場できる選手は限られているため、多くの選手にとってはこの大会が今季の最終戦ということになりました。そんな中、この大会を最後に元賞金女王である上田桃子プロが競技活動を休止。上田プロの予選落ちが決まった今大会2日目、ホールアウト後にセレモニーが行われ、最後のインタビューでは涙ぐむ姿も見られました。
上田桃子プロといえば、宮里藍プロや横峯さくらプロに並ぶ、女子ゴルフ隆盛時代の立役者のひとり。完全な引退では無いとはいえ、真剣な表情と溢れる笑顔がくるくると変わる印象の上田プロのプレーが見られなくなることはとても寂しく感じます。
◆上田桃子プロのプロフィール
生年月日 1986年6月15日
プロ転向 2005年
出身地 熊本県熊本市
出身校 東海大学付属第二高(熊本)
通算勝利 国内17勝
上田プロは、古閑美保プロ、笠りつ子プロ、原江里菜プロなど、多くのプロゴルファーを排出したことで有名な坂田塾出身で、9歳からゴルフを始めました。2005年のプロテストで一発合格を果たし、その年の新人戦「加賀電子カップ」で優勝を飾ります。
2007年の「ライフカードレディス」でツアー初優勝を飾り、同じ年に日本開催の米ツアー「ミズノクラシック」で米ツアー初優勝。その年は年間5勝を挙げ、当時21歳156日で史上最年少の賞金女王に輝きました。2008年からは、米ツアーに挑戦。2011年、日本開催の米ツアー「ミズノクラシック」で優勝。2014年以降は国内ツアーに専念し、その後8勝を挙げています。
◆上田桃子プロ世代が築き上げた女子ツアー隆盛時代
【上田プロの同世代プロゴルファー】
・2004年入会(78期生)
宮里藍 横峯さくら 上原彩子
・2005年入会(77期生)
上田桃子 飯島茜 諸見里しのぶ
・2006年入会(79期生)
藤田さいき 笠りつ子 有村智恵
上田プロの同期で代表的な選手といえば、飯島茜プロや諸見里しのぶプロですね。そのひとつ上には、まさに女子ゴルフ人気の立役者とも言える宮里藍プロと横峯さくらプロがいます。未だ海外ツアーを転戦している上原彩子プロも、宮里プロと同じ76期生です。上田プロのひとつ下には、現在もツアーで活躍をしている藤田さいきプロや笠りつ子プロ、そして昨年に出産を終え子育て中の有村智恵プロがいます。まさに、今の女子ゴルフ人気を築き上げたともいえる世代です。
2003年当時、年間の試合数が30試合まで落ち込んでいた女子ツアー。その年の9月に開催された「宮城テレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」で、宮里藍プロが史上2人目となるアマチュア優勝を果たしプロ転向を表明することで流れが変わります。その年は、2000年から賞金女王の座を独占していた不動裕理プロが、年間最多優勝記録となる10勝を挙げた年でもあります。
それから2005年まで不動プロが女王の座に君臨し続けたとはいえ、その独走を阻む若手の存在は見るものを沸かせました。2004年には31試合、2005年には33試合、そして2006年には36試合と、試合数の増え方を見てもその人気ぶりが伺えます。
2006年から宮里プロが海外ツアーに主戦場を変えましたが、その人気を引き継ぐように大山志保プロが不動プロの連続賞金女王を止め、続く2007年に上田プロが史上最年少の賞金女王に。世代交代が激しい今の女子ゴルフのスタート地点であり、隆盛の時代ともいえるでしょう。
そんな女子ゴルフ隆盛時代を支えた選手達も、今や30歳代後半。それぞれ伴侶を得るなどして、これからの人生について考える年齢になってきたのかもしれません。上田プロの活動休止についてはとても寂しく感じますが、先週2年4か月ぶりに闘病生活からツアー復帰した大山志保プロのように、いつか「やっぱりゴルフが好き」とか言って戻ってきてくれるのでは? なんて、期待もしています。
◆おだみなプロフィール
おだみな/元プロキャディ。男子、女子両ツアーで活動し、宮里藍プロのデビュー年からアメリカ本格参戦までの専属キャディとして転戦。現在は二児の母をしながら、近所のゴルフ場でハウスキャディとしてアルバイト中。学生時代に家族の影響でゴルフを始め、ゴルフ歴だけは長いがスコアはイマイチ。